子どもの頃、日曜日になると父と昼寝をした時期があります。外に遊びに行きたいのに、布団の中で話しを聞いていると、いつの間にか眠ってしまうのは、なぜだったのでしょうか? 義経と弁慶が五条大橋で出会う場面で、特に話しに熱が入っていた父の声は、鞍馬山のカラス天狗と共に私の心の奥に、今も暖かい思い出として残っています。小学生になって、福岡から東京
へ研修に行った父が語った昭和30年代の東京の街は、2階から電車(浅草の東武電車)が走り、真ん中から二つに割れて船が通っていく橋(隅田川の勝鬨橋)がある見たことのない世界でした。私のために買ってきてくれた水色のワンピースは、大きすぎてすぐに着ていくことは出来ませんでしたが、日本橋に友人と立つ30代の青年だった父の若かりし写真を見ると、今振り返れば、子どもは、その声や情熱を肌で感じ、そこに何かあると信じて成長するのだと思います。
子ども達が小さな頃は、こうして育てよう、ああして育てようと、今思えば好きな服を着せ、行きたいところへ連れて行き、思い通りにしてきたなぁと幼い頃が懐かしくなります。子どもが20歳を過ぎると、親に対して一つの考えを持って接してきます。「お母さん、それはどうかな…考え方を変えたほうがいいわよ!」とアドバイスされる部分が出てきて、親の方が一歩譲るようになります。子ども達は、きっとある日、出きないことが出来るようになる時があります。私達は私達の子ども達がその時を迎えた時、ちょうどひなが殻をつついて生まれようとする時に、母鶏が殻を噛み破るタイミングを心得ているように、その時を逃さず、子どもの成長を助ける親になりたいものです。
坂川の桃が膨らみ、子ども達の数ほど群がっていた鴨は、この頃は大きく育って陽の当たる一番暖かいところで出発を待って過ごしています。これまでお家と思って育ってきた卒園する25名の子ども達が小学校に元気で通う日も、もうすぐです。赤ちゃんの頃から一緒に過ごした仲間達や先生と別れて新しい出発をします。別れは「また会える」という希望があるから、耐えることができるのではないでしょうか。
「大きくなったらまた会える」という目に見えない姿に希望を託して別れの日を迎えたいと思います。
園長 杉本 景子
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園だより